| 昭和16年6月 |
| 東京都京橋区小田原町1-1に日本国民食株式会社を創立 |
| 昭和16年〜 昭和20年 |
| 山口県光海軍工廠、千葉県木更津第二航空分廠を始め、50余ヶ所の給食を請け負う。 |
| 昭和24年 |
| 資本金を100万円に増資。戦後給食第1号として 大日本雄弁会講談社の食堂を開業。 |
| 昭和30年 |
| 不動産管理部を設けビルメンテナンス業に進出。 |
| 昭和33年6月 |
| 第1回「きょうの献立展示会」を日本青年館で開催。 |
| 昭和34年2月 |
| 深川工場内に仕入部設置。食材の一括大量仕入方式採用。 |
| 昭和34年8月 |
| 東京都千代田区大手町2丁目2番1号新大手町ビルに本社移転。 |
| 昭和38年12月 |
| 海外給食に進出。インドネシア国スラバヤに社員派遣。 |
| 昭和41年 |
| 東京、神奈川、千葉、埼玉、群馬、茨城、岩手、静岡、愛知、大阪、 京都、兵庫、岡山、福岡に290ヶ所の食堂を営業。 従業員3,800名となる。 |
| 昭和41年10月 |
| 自営店そば処「蓼科」大手町店開業。 |
| 昭和42年6月 |
| 深川工場跡に延べ面積1,550u 5階建ビル建設。 30トン収納の大型冷蔵冷凍庫を設置。 |
| 昭和42年9月 |
| 病院給食を開始。 |
| 昭和43年5月 |
| 資本金1,000万円に増資。 |
| 昭和44年4月 |
| カフェテリア方式を一部採用。 |
| 昭和45年12月 |
| 冷凍野菜を初めて給食に使用。 |
| 昭和46年7月 |
| 料理研究員をヨーロッパに派遣。 |
| 昭和47年1月 |
| 北海道に進出。 |
| 昭和47年10月 |
| 東京都神田市場売買参加権を取得。 |
| 昭和48年10月 |
| 東京都築地中央水産市場売買参加権を取得。ニッコクアメリカ設立。ロスアンゼルスに1号店開業。 |
| 昭和51年9月 |
| ゴルフ場レストランを受託開始。 |
| 昭和52年9月 |
| 海外給食に本格進出。マリ、カタール、イラン等。 |
| 昭和54年9月 |
| 東京都米穀小売販売業者の免許取得。 |
| 昭和55年3月 |
| 農林水産大臣より全国で初めて食品産業優良企業の表彰を 受ける。資本金8,279万円となる。 |
| 昭和58年12月 |
| 仕入部受発注業務をシステム化。 |
| 昭和59年10月 |
| 水間料理長が世界料理オリンピックに出場、金賞受賞。 |
| 昭和60年 |
| 年商250億円、現業所600ヶ所、従業員5,000名を超す。 |
| 昭和61年12月 |
| ナイジェリアにおいて、「ポート・ハート、リファイナリィ」の キャンプオペレーションを日本で初めて一括受託。 |